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【哲学】その人のこころの一部がその人そのものではないことを客観的に証明できるのか

哲学

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おはようございます。ツムさんです。

 

最近、哲学にハマってて、「こころ」って何だろうってよく考えるんだけど、ふとしたことから、20年以上も前に読んだとある本(実話)を思い出しました。

 

 

24人のビリーミリガンって本。知ってます??

今調べてみたら、1992年に日本で発売されていたんだな。自分は中学校で読んだ記憶があるので、まぁそれくらいかな。日本ではWindows95も発売されてないし、インターネットのイの字すら登場してない時代やね。

 

 んで、この本は、「解離性同一性障害(多重人格障害)」を扱った本。

 

ビリーは、1977年に、オハイオ州立大学キャンパス内にて、三人の女性に対する連続強姦及び、強盗の容疑で逮捕された。裁判の計画を進める中、弁護士との打ち合わせの際に自分はビリーではなく、ビリーは今眠っていると証言する。ビリーの担当弁護士となったジュディ・スティーヴンスンは不信を持ち、接見を通して彼の異常性に気付く。裁判を受けられる能力に疑問を持ったジュディは、検事や精神科医などを呼ぶ。その後の調査により彼は、ビリー(基本的人格)、デイヴィッド、ダニー、トミー、アレン、同性愛者のアダラナ(女性人格)、イギリス訛りのアーサー、レイゲンなど、合計 23 人の人格を持っていることが明らかとなった。

 

 ビリー本人を入れると24人の人格が頭の中に居るってどういう感じなんだろう。

 

中学生当時、この本をたまたま本屋で見つけて(ハードカバーで高かったけど)読んで衝撃を受けたわけ。まぁ、その後は39歳になるまで、何も思い出すこともなく生きてきたわけだけど、20年も経って「思い出した」ということはそれなりに中学生の自分には印象深かったということだよね。

 

今少しは大人になった自分が改めてビリーミリガンを考えてみると、ビリーミリガンの多重人格障害が実際に本当なのか嘘なのかは分からないけど、この事件を通して、「ビリーミリガン」は裁判で無罪を言い渡されている。

 

ということは、多重人格障害はその人を「外から」見てみて客観的に「多重人格障害」であることを示すことが出来る(た)ということだよな。

 

その人のこころがその人そのものであること、ビリーミリガンの場合は、その人のこころの一部がその人そのものではないことをその人本人が示す以外にどうやったら証明できるんだろうか。

 

ちょっと真面目に考えてみたいテーマが出来た。

 

1991年に解放されたビリーは名前を変えてカリフォルニアで生活していた。英語版記事によると、1996年に映画会社"Stormy Life Productions"を運営していた。その会社でショートフィルムを制作する予定であったが、実際には何も作らなかったと書かれている。

 

そうなんだよな。映画化の話は、中学時代に本を読んだときには公式に出てた!日本のメディアも報道してた記憶がある。

 

2014年12月12日、のためオハイオ州コロンバスの病院で死去[1]

59歳没。 

知らなかった。。 本人はなくなってたんだな。映画化はどうなるんだろう。。と思っていたら、

The Crowded Room[編集]

彼をモデルにした映画のタイトル。

企画構想自体は1990年代頃からあり、一度はジェームズ・キャメロンが映画化し公開予定であった。その後長らく動きがなかったが、2015年に映画のプロデュースと主演のビリー・ミリガン役をレオナルド・ディカプリオが務めるとのことである[2]

 おぉぉぉぉ、映画化の話は続いてるのかー。これは是非観たい。 

 

本はなかなかのボリュームなので、マンガで「さらっと」知りたい人にはこちら。

news.infoseek.co.jp

 

 1992年当時はハードカバーしかなかったけど、今は文庫本が出てます。Kindle版のほうが安いのでKindleを持っている人はこちらをどうぞ。