【主張】自己肯定感を育むことは子どもに自信をつけさせることじゃない。その態度を改めさせることだ。

f:id:PSYuki:20170621235953p:plain 先週、PTAに関連して学校にお邪魔したときに、校長先生から子どもたちの「自己肯定感」が弱いように感じるとの指摘がありました。

これは結構大変なことなんじゃないか。。

 

 

 

 

 

自己肯定感とは

自分のことをありのままに受け入れられる力のことで、他人と比べることなく自分の価値を見出すことが出来る能力です。自己肯定感が弱いと、自分に自信が持てなくなり、失敗をしたくないからと挑戦するのを避けようとします。

 

というようなことはどの本やWebを見ても書かれているのですが、これだけにとどまらず、自己肯定感は、その子ども自身と周りの子どもにも影響を与えると思います。

 

自己肯定感は周りの人に波及する

集団で生活していると、ある人の気持ちや態度が他のメンバーに「伝搬する」ということを経験したことはあると思います。

 

やたらと自信たっぷりに物事を進めるリーダーには自然と「やってやろう」というような空気が生まれる場面は、子どもに限らず大人の社会でもよく見られることです。また逆に、リーダーの方針には賛成ではあるものの実際の行動に移す人がなかなか現れず、いつの間にかリーダーだけがひとり浮いてしまっている状況もよく聞く話です。

 

ここでは、上のような「自信」の有り無しの理由(根拠)については触れません。全く根拠のない自信だとしても、そういう雰囲気を作りだす人は間違いなく存在する(その逆のタイプも存在する)という事実に目を向けようと思います。

 

自分に自信を持つこと(逆に持てないこと)イコール(=)自己肯定感というものだとして、それが良くも悪くも集団生活におけるムード作りに一役買うとしたら、子どもたちにどういった影響が出る可能性があるのかということを考えたいと思います。

 

個人の判断に自己肯定感は無関係

上の例で、なんだか知らないけどリーダーに乗せられてしまったというような場面について考えてみます。

 

子どもたちの社会では学級委員やクラス委員のような立場の子ですね。

 

このとき、一見するとリーダーがみんなを引っぱったというような話になりがちですが、実際はそうではありません。

 

リーダーが(自信の根拠はおいておいても)自身たっぷりに「やろう!」と決めたことに対して、他の子どもたちが追従した場合、リーダーの決定に対して賛成するかどうかはその子どもたちが一人ひとり判断しています。

 

何も考えずに賛成する人もいる。という指摘もありますが、耳で聞いたリーダーの言葉がそのまま脳に刺さってその子どもの行動を支配することはあり得ません。

 

つまり、一見「考えていない」としても、リーダーの言葉を解釈して「賛成」という「判断」をしたからこそ、リーダーの言葉に従って行動するわけです。

逆に「反対」なら、その場で反対する理由を述べる子どももいるし、一見賛成しているようなそぶりを見せつつもリーダーの言葉には従わないという子どももいます。

 

このとき、判断に賛成か反対かを考えるのに自信は関係ありません。きわめてロジカルに(一部は好き嫌いという感情も交えながら)子どもの内部で決定されます。

 

頭の中で「自信ないなー」と思いながらも、最後の最後「賛成」を決める瞬間には「自信の無さ」は関係ない(割り切っている)というのは感覚でわかると思います。

 

自己肯定感が自信をつけさせるのではない

重要なのは、上のような場面では、リーダーに従うことが良いことで、リーダーに従わないことが悪いことというような絶対的な価値で判断する話ではないということです。

 

善か悪かというような考え方は、全人類が共通して持つことのできる尺度にはなり得ません。

 

なので、善か悪かはその人の心の中だけで判断すること。判断した結果だけを「行動」で示せばいいはずです。その「行動」に「善」や「悪」といった看板は一切不要です。

 

 

子どもたちの自己肯定感が低い(=自信が無い)ように見えるというのは言い換えると、自信が無いようにふるまうことが「善」だと子どもが自分で判断してそのように「行動」しているということになります。 これが、他の大人の目から見ると自己肯定感が低いと見えるわけです。

 

子どもからすると悪いことをやっているという意識は全くないんですね。あくまで判断した結果として自己肯定感が高いか低いかというように見えるだけであって、自己肯定感が先にあって自信を持って行動する/しないを決定するものではないということです。

 

大抵の人はここの部分は相容れないのですが。。

 

 

自己肯定感が周囲に与える影響に話を戻すと、何故自己肯定感が低いことが大変なことかと言えば、

 

上で書いたように、自己肯定感は子どもの頭の中で「判断」した結果が他者の目に見えている「様子」なだけであって、その子どもが本当に自信がある/ないとは関係なく、自信がないように振舞うことが「善」だと判断した結果だと考えられるからです。

 

言ってること理解してもらえてるでしょうか??

 

そして、こういった判断をする子どもが多いように感じるという先生の指摘は、集団生活の中でプラスに働くように思えないというのは、多くの方が納得してもらえると思います。ちなみに、ぼくは、自己肯定感が低いように振舞う態度そのものが、自己肯定感が周囲へ波及する性質と合わさって、子どもたちの「いじめ」に繋がる一つの要因だと考えていますが、それについてはまた別のエントリで書きたいと思います。

 

だとすると、先生や保護者が考えないといけないのは、子どもたちに「自信をつけさせる」ことではなく、子どもたちに自己肯定感が低いように見えるように振舞う必要なんてないことを教えなければならないのです。