「幸福はなぜ哲学の問題になるのか」を読んで組織の幸福について考えよう
こんばんは。本を読むのが遅いツムさんです。
本を読むのが遅いのは、いろいろな本をつまみ食いしながら読むので遅いんですキリッ
掲題の「幸福はなぜ哲学の問題になるのか」は、前に一度紹介したこれです。
過去記事探したら、40日前でした。。
読むの遅すぎっていわないでください。その間に他の本を何冊か読了してますんで。
第4章 幸福と不幸をかたちづくるもの<2>より、ポイントを引用します。
ある組織体をどう運営するかについて、自分にとって損になる政策を避け、得になる政策が選ばれるように、言葉を使って戦うわけです。
自分の損得を考えない「正しい」結論を打ち出すことはきわめて難しいのです。組織についてうっかり「正しい」ことを言えば、自分だけでなく自分の同僚や家族も路頭に迷うかもしれません。
ドライに「正しい」結論を出す人は経営者向き。要らない人やモノははっきり要らないというタイプです。大抵、そういった経営者タイプのマネージャーと人情あふれる現場のリーダーの対立という構図になるね。
ややこしいのは、表向きは「現場あなたたちの気持ちを汲んでますよ」という振りをしながら、平気で組織にとって「正しい」選択をとるタイプ。
このタイプは業界問わず結構います。
ある船の進路を決めるとき、同船していない人々に真剣な考慮を求めることは難しく、しかし同船者だけの考慮では「正しい」判断は覆い隠されがちです。
ある組織体の政策を決定する人々に関し、どのくらいの人数がどのくらいの同船性をもっていなければならないのかの決定をー通常の政策決定とは別にー行う必要があるのです。
同じ組織に居れば同船者の扱いになるのが自然なんだけど、
上の「ややこしいタイプ」の人というのは、組織に所属する人を同船者と非同船者に意識的に分けようとする。
何故か。
「あなたたちの気持ちを汲んでいる」振り
が、タテマエでしかなく、ホンネは
組織にとって「正しい」判断をしたい
から。
タテマエを悟られないように、できるだけ政策を決定する人に「同船者」を入れたくないという理屈。
「ややこしいタイプ」の人がやっていることが善か悪かという話をするなら、組織的には善で、一緒に働く人として悪という感じかなぁ。。。
「ややこしいタイプ」の人は、ツムさんの大嫌いなタイプです。
何故かって?
巧みにホンネとタテマエを使い分けて、組織について「正しい」判断を人にはドライな判断をできる人なんて、はっきり言ってまずいないんですよ。
ロボットのように感情を殺して、
「ではあなたには(本当はどうでもいい)これをお願いします」
って言える人なんてそういないでしょ??
大抵、その判断は中途半端になるし、その中途半端さは、組織にとっても、人にとっても不幸をかたちづくります。
なので、同じ組織に所属する人にはどんな人であれもれなく同船性をもって、一緒に経営サイドと戦うくらいの気概ないとダメよというお話でした。