東日本大震災の記憶を胸に「次へ進む」
東日本大震災が発生して6年が経ちました。
震災の爪痕はいつまでも消えることはないし、避難している人もまだまだ大勢いますが、メディアや実際にその場へ行ってみると徐々にではあるけれど復旧から復興へ軸足を移しつつあるんだなと感じています。
1月、ボランティアで石巻へ行ったときに、大川小学校にも寄りました。うちにも6年生と3年生の子供がいるので、正直、あの現場を見るのは辛かった。
自然の力には人間なんて到底かなわないんだ。
震災当日の先生方の避難誘導について裁判も続いています。
私自身は大川小学校の関係者ではないし、現場を直接見たわけでもないので、先生の取った行動が正しかったのかどうかについては何とも言えないのですが、裁判の行方とは関係なく、大川小学校の教訓を生かしていくことが必要だと思います。
大川小学校は保存することで決まっているそうです。
東日本大震災の津波で児童ら84人が犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校旧校舎について、市は震災遺構として保存する方針を固めた。遺族や住民は保存と解体で意見が分かれていたが、教訓の伝承や将来の防災教育に役立つと判断した。
校舎全体を保存した上で、周辺を公園にして犠牲者への追悼や祈りの場とする考えだ。新年度から地区協議会の意見を聞き、細部を詰める。亀山市長は25日、「(周辺に覆いを設けるなどして保存に)反対する方々に配慮しないといけない」と述べた。津波火災で焼けた旧門脇小校舎は、校舎の一部を保存する方針。
現場の保存には「賛成」。
あれほどの震災はそうそう何度も起こるものではないけど、時間と共に当時の記憶が風化していくのは避けられないし、東日本大震災から得られた「教訓」を大川小学校を見ることで思い出すきっかけにできるはず。
現場を見ることで「つらい記憶がよみがえる」という意見もあるけど、 大勢の先生や子供たちが犠牲になったことは自分たちの記憶とこころに焼き付けて、「次へ進む」ことを必死に続けていければいいな。
そのためにももっともっと強い自分でありたい。
大川小学校の写真をブログに載せることにも悩みましたが、このブログを見て「大川小学校で起きたこと」「東日本大震災から得られた教訓」を思い出すきっかけになればという思いで掲載します。
震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。